大津ことばバージョン Otsu dialect
「ボクのこと わすれてしもたん? ─お父ちゃんはアルコール依存症─」
ボクのお父ちゃん
お酒を飲むと・・・
こわくなんねん・・・
☆
お父ちゃん・・・
ボクのこと忘れてしもたん?
前は休みの日にキャッチボールしてくれてたやん
今朝かて約束してたやん
やっぱりウソやん
昼間からお酒のんでるやん
公園でみんな 家族であそんではる
ボクは悲しなって 家に帰るねん
もう慣れたし どうもない
☆
仕事の日、お父ちゃんが帰ってきはると
ボクは胸がドキドキするねん
お酒を飲まはって
お母ちゃんが途中で止めはったらケンカになるし、
しまいには物を投げたり もっとおっきい声で怒鳴らはる
ボクはこわいし 声が出えへん
お姉ちゃんはだいぶ前から お父ちゃんと口きかはらへん
☆
酔っぱらったお父ちゃんは 誰の言うこともきかはらへん
おっきい声が となりの家にきこえへんように ボクは あわてて窓を閉めるんや
家の中のことは 誰にも言えへん
ボクは時々頭が痛うなる
☆
ある日ボクは 知らん顔してお酒に 水を入れといた
☆
そやけどその晩も・・・どなり声がしてん
またケンカがはじまる お母ちゃんにげてや
どないしょ
ボクが悪い子やから
ゴメンナサイ ゴメンナサイ
ボクは自分の部屋で ココをギュッとして
歌、歌ってん
☆
ある晩
お父ちゃんが外で お酒を飲んで たおれはった
お母ちゃんが あわてて出ていかはった
大きい病院に運ばれて、そのまま入院しはった
どないしょ
お父ちゃん死んでしまうんやろか?
ボクがココロの中でお願いしたからやろか・・・
ボクのせいかもしれへん・・・
☆
次の日、みんなでおみまいに行ってん
お父ちゃんはなんも言わんと、窓の外をみてはる
ボクはおもろい話が思いつかへん
みんなにわろてほしいんやけど
☆
シーンとしている部屋に、先生が入ってきて言わはった
「お酒で肝ぞうが いたんでます。
このまま飲み続けはったら、死んでしまわはりますよ」
「お酒をやめる専門の病院へ 行ってみはりませんか?」
お父ちゃんは 先生の顔をみはらへん
その日ずっとお父ちゃんは、なんも言わはらへんかった
みんなだまったまま家に帰ったんや。
☆
「またお酒を飲まはったら どないしょう・・」
お母ちゃんの背中が泣いてはる
お母ちゃんはいっつも お父ちゃんのお酒のことばっかりや・・・
☆
ボクはすみっこににげてん
こわい気持ちがあふれてきたねん
お母ちゃんに泣いてほしいないし
お父ちゃんも死んだらイヤやし
どないしょう・・・
こわい気持ちをどうにもできひんし
ボクは手紙をかいてん
☆
お父ちゃんへ
ボクはお父ちゃんに 死んでほしいないです
前みたいに 公園でキャッチボールがしたいです
大好きなお父ちゃん
ハルより
☆
ボクはちょっと考えてから、お母ちゃんに手紙をわたしてん
お母ちゃんはやさしい顔で、「ハルありがとう」って言うてくれはった
☆
お父ちゃんが病院から帰ってきはった
「お酒やめるさかい」て言うて 1週間お酒を飲まはらへんかった
そやけど・・・
キャッチボールの約束をした日に お父ちゃんはお酒を飲まはった
泣きながらお酒を飲んではる・・・
☆
次の日、お父ちゃんは ボクの手紙をポケットに入れて
お母ちゃんといっしょに 精神科の病院へ行かはった。
アルコール依存症病棟いうとこへ 入院しはった
お父ちゃんが入院しはってから 家の中は静かになってん
ちょっとたってから お母ちゃんは「家族会」ていうとこへ
行かはるようになったんや
☆
ある晩
お母ちゃんはボクを呼んで
お父ちゃんの話をしてくれはった
「お父ちゃんはな アルコール依存症っていう病気なんや
お酒がやめられへんのは、病気やねん」
「ハルのせいちゃうしなぁ」
☆
「どなったりしてはるこわいお父ちゃんは、病気やったねん。
大事なハルとの 約束も守れへんかったなぁ」
悲しかったなぁ言うて
お母ちゃんはボクの背中をさすってくれはった
「お父ちゃんはハルのこと 大好きやからどうもないで」
「今は病院で先生とお話ししはったり おんなじ病気の人と話したり 勉強してはんねん」
ボクは真けんに 話をきいた
☆
お父ちゃんが こわいお父ちゃんになったり
ボクとの約束を忘れてしまわはるのんも
病気やったんや
ボクのことキライにならはったんとちごたんや
ボクはちょっとうれしなった
☆
しばらくして
お父ちゃんが病院から帰ってきはった
「ただいま,ハル」
「お酒でみんなを悲しくさせてしもてゴメンなあ お酒やめてみるしな」
ボクはお母ちゃんの顔をみた
やさしい顔してはる
「これから 心配なことは
話して大丈夫やからね」
お母ちゃんが言わはった
☆
お父ちゃんは会社に行かはるようになった
ちがうんは・・・
会社の後でおんなじ病気の人らと
お話してから帰ってきはる
お父ちゃんはボクの手紙をお財布に入れてはる
ボクはちょっとだけ心配
そやけど
がんばってるお父ちゃんをみて
前よりちょっとスキになったんや
(おしまい)